1944年のプダベスト。スポーツショップで、ケヴェッシュ氏は服に縫い付ける黄色い星を買っている。店員はいろいろ品物を並べてみせる。高価なものではない。ケヴェッシュ氏はいちばん上等のものを選んだ。1つを14歳の息子ジョルジュに、そして自分とジョルジュの継母に1つずつ。ケヴェッシュ氏は近くに自分の店を持っている。とりたてて気がかりなこともなく、すべてが完璧なまでに自然だった。
2週間後、彼らの人生は劇的な変化をとげる。ケヴェッシュ氏が強制労働に招集されたのだ。父親と継母は再び買い物に出かける。収容所で父が必要とするものをいろいろと買いそろえる。黄色い星を買ったのと同じ店に、今度は息子も連れていった。カウンターの向こうで女店員が訊ねる。「強制労働の準備の買い物ですか?」継母がうなずくと、店員は悲しげにほほ笑んだ。継母は携帯用食品セットや万能ポケットナイフなど、収容所で必要になりそうな品物をいくつか買った。包みを抱えて店を出る3人の背後から店員が声をかける。「またお越しください」
数日後、親類や友人が大勢ケヴェッシュ氏のお別れ夕食会に集まった。翌朝ケヴェッシュ氏はジョルジュや妻や大勢の親類や友人、そして自分の店の簿記係と涙の別れを告げる。その後、鉄道の駅で他の人々と一緒になり、別の国の未知の場所へと向かった。再び家族が彼に会うことはないことを、彼らは知らない。
数週間後、ジョルジュは学校の友達と一緒にバスに乗っている。シェル石油の精製所で勤労奉仕するためにチェペルに向かっているのだ。1人の警官がバスを止め、彼らに降りるよう命じる。警官に連れて行かれた税関で、彼らは言われたとおりに待った。1日働かずにすむことを喜んで。
長い旅の初日だった。この時はまだ誰も疑ってはいなかったが、この旅から生きて帰ったものはほとんどいない。それは言語に絶するナチスのアウシュヴィッツ強制収容所へ――そしてそこからブーヘンワルトへの旅だったのである。
『Fateless』 (運命ではなく)は、2002年ノーベル文学賞を受賞したイムレ・ケルテースのベストセラー小説 『運命ではなく』 を原作とする衝撃的な映画である。
ケルテースは自身の体験をもとにこの小説を書いている。ユダヤ系ハンガリー人であるケルテースも、同じ14歳のときにブダペストから強制収容所に連れて行かれたのだ。その経験から生まれたジョルジュの物語は恐ろしいまでに生々しく、克明に描かれている。映画監督のラホス・コルタイはずっと前からケルテースの小説を愛読しており、この本を映画化することを夢見ていた。
キャストが100名を優に超える 『Fateless』 の製作で、彼の夢は現実になった。
恐るべき戦慄
ハンガリー人の撮影監督ギュラ・パドスは、おじけづきそうなこの仕事にどう挑んだかについて次のように語っている。「ラホスと私はどういうアプローチを採るか話し合った。最大の難題はジョルジュの物語の恐るべき戦慄をどう表現するかであったが、スクリーン上に見せずに表現するという事で意見が一致した。昼も夜もつねに囚人の生活にのしかかる果てしない恐怖をどうやって見せるか。始まりは "ふつうの" 日常生活なのに、あっという間に不信と恐怖へと転落していく物語をどう語るのか」
「そこで私たちはキャメラにカラーフィルターを、ライトにゼラチンをつけて、オープニングのシーンを暖かくてカラフルで自然な動きにあふれたものにした。作品の雰囲気がしだいに不吉で不穏なものになるにつれ、フィルターとゼラチンを変えて色を冷たくして彩度を落としていった。色温度をさらに下げるために、役者の顔から色を抜くようにメイクを調整し、たそがれ時や曇天の日に撮影した。そして生き生きした動きはだんだん鈍くなっていって、動きがどんどん少なくなっていく」
「各シーンの構成には気を使ったから、観客はぞっとするようなものを見ているようで実はそうでもない。たとえば、病気で苦しんでいるジョルジュを囚人の1人が肩にかついで収容所の中を運ぶシーンがある。観客にはジョルジュが見ているものが見えると思う。恐怖、殴打、寒さと汚物、疲労、病と飢餓。でもそういうものをすべては、担がれている彼には逆に見えている――そしてスクリーンにも彼が見た通り、上下逆さまの映像が映る。だから観客は見ているんだけど、視覚的にはっきりとは解釈できない」
「私たちのねらいは、信じられないほど悲惨な生活を表現しながらも美しい映画を作ることだった。収容所の恐怖を囚人たちの顔に映し出すことで表現した。痛み、恐れ、パニック、絶望感、疲労――だが同時に、情熱、優しさ、寛容、そして勇気も。この作品のドラマチックな効果は、役者の顔と目の表情に多く表れている。私たちはアナモフィックで撮影することにした。ロンドンから取り寄せたパナヴィジョンのキャメラで、役者の感情のあらゆるニュアンスをとらえるために彼らの顔にぐっと近づけるよう、パナヴィジョン クロース フォーカス レンズを1セットそろえた」
「青い空に暗い雲を付け加えるなど、最低限の特殊効果を使うことになると予想していたんだけど、その必要はなかった。天気についてはラッキーで、自然のままでそういう天気だったから暗いどんよりした空を作り出す必要がなかった。屋外の撮影にはコダック VISION 250D 5246を使った。私が求めていた硬くてざらざらしたコントラストが出せた。スタジオ内での撮影にはコダック VISION 500T 5263を使った。いちばん難しかったのは、4ヶ月から5ヶ月の撮影期間で無理やり四季を表現することだったかもしれない。ハンガリーのブダペストやドイツでロケを行ったけど、8月に雪はなかなか見つからない。でもスノーマシーンを使って、たそがれ時に撮影することで、寒々とした冬のシーンを作り出すことができたよ」
自然のままに
ラホス・コルタイとギュラ・パドスは、ケルテースの本の精神を残そうと決意していた。そのためには映画の中の出来事が自然のままに見えなくてはならない。法を守る市民が当局の命令に従うのは、もちろん自然なことである。1人の警官が12人の若者をやすやすと監禁できるのも、若者たちが言われた場所に従順に規律正しく歩いていくのも自然なことだ。疑念がわきあがっていても、彼らがドイツで勤労奉仕をするのも自然。シャワーの前に貴重品を渡して服を脱ぐのも自然。
根拠のない楽観主義も、遠い昔からの摂理への信仰も、宗教的な諦観も自然なことなのだ。ケルテースは物語の中で、すべては起こるべくして起こったのだという点をはっきり主張している。とはいえ、そうならなくてもよかった。すべてがまったく違うことになっていたかもしれない。登場人物が違う決断を下すことができる機会は何度もあった。しかし彼らはそうしなかった。彼ら自身が社会の能動的な一部となって、たとえ不本意ではあっても、避けられない運命へと前進していったのだ。
ジョルジュは奇跡的に厳しい試練を生き抜き、やがてブダペストのわが家に帰る。父親は死に、継母は再婚していた。だれもが忙しく「自然な」人生を送っている。そして一見平和を取り戻したかのような戦後の社会が、ブーヘンワルトから戻った傷ついた若者に対処できないのもまた「自然」なのだ。彼は人目につかない。物語のエンディングは、オープニングに見られたのと同じまやかしの幻想を土台にした、同じような動きがあふれている――まるで何も変わらなかったかのように。
ギュラ・パドスはこう締めくくった。「忘れられない仕事だったし、忘れられない映画だ」
ギュラ・パドスは「ホテル・スプレンディッド」(Hotel Splendid)と「ハート・オブ・ミー」(The Heart of Me)の撮影で世界的に知られている。 |