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 撮影監督ウラジミール・クリモフ(RGC)。 |
1941年11月、すばらしいエルミタージュ美術館とキーロフ・バレエを擁するロシアの文化の都レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)をドイツ軍が包囲した。ヒットラーはこの町をすぐにも占領できそうなことに狂喜し、そこで勝利のパーティを催すことを宣言する。
だがレニングラードの300万の勇敢な住民が彼の野望をくじいた。彼らは屈服しなかったのだ。
ロシアの新作長編映画であり8部のテレビドラマにもなる『Leningrad』は、第二次世界大戦史の悲劇の1ページを明かす――900日におよび1万人の犠牲者を出した恐怖のレニングラード包囲攻撃を。この映画の制作はプロデューサーのデヴィッド・ガムブルグのアイデアだった。脚本家であり監督でもあるアレクサンドル・ブラヴスキーは二つ返事でこの難題を引き受けた。
オープニングは激しく続く戦争である。ナチスドイツはヨーロッパの半分を征服し、ロシアの防衛戦線をレニングラードとモスクワへと追い込んでいる。ロシア人は死ぬ覚悟で自分たちの町を守ろうとする。モスクワ征服を早めるため、ヒットラーは機甲部隊をレニングラードからモスクワへと転じる。北方のレニングラードは300万の住民を飢えさせて降伏させる作戦だ。ロンドンのデイリーテレグラフ紙のケイト・デイヴィスをはじめとする国際的な戦争記者の1団が、包囲されたレニングラードをバスで回り、この町の頑強な抵抗の様子を記録する。だが彼らは前線のすぐ近くに迷い込んでしまう。2機のメッサーシュミット(ドイツ空軍の戦闘機)がバスを爆撃し、ケイト以外は全員殺される――そしてケイトも殺されたと報告され……。
ミラ・ソルヴィノとガブリエル・バーンが主演する『Leningrad』は、勇気と愛とロマンスと犠牲の物語である。話が展開するにつれ、人間の精神の底知れなさと、1人の小さな人間でも大きな影響力を持つことが明らかになる。
撮影監督ウラジミール・クリモフ(RGC)にとって『Leningrad』の照明は難題だった。より正確に言うなら、照明しないことが難題だった。包囲攻撃を受けている町は灯火管制で真っ暗になる。クリモフにとってライティングの最大の問題は、死んだような町をつくり出すことだった。明かりのまったくない死んだ町。包囲攻撃を受けている町はそうなるのだ。
「まず、サンクトペテルブルクの街灯を消して建物を暗くする許可をもらうのが難しかった。だが私たちの説得には力があり、最終的にはスムーズに協力してもらうことができたよ。照明を正確にコントロールするため、ナイトシーンではいつも2台のスカイリフトを使った。そのおかげで雪をあまり明るくせずに、人々の顔を生き生きと見せることができた。
サンクトペテルブルクの冬は昼間が約4時間しかない。そこで当然のことながら、私はお気に入りのフィルム――VISION2 Expression 500T カラーネガティブ 5229に頼った。前作で使ったので、このフィルムについてはよくわかっていた。私が知っている中で最も彩度の低いフィルムだね。それが死んだような町の雰囲気をとらえるのに役立ったよ。白い雪、暗い人々、明かりのない町。このフィルムが高感度であり、微妙な色の再現性を備えていることが『Leningrad』にはぴったりだった。すべてのシーンを同時に2台のキャメラで撮影したんだ。本編映画用の35mmとテレビシリーズ用の16mmでね。
ムービーカム コンパクトとムービーカム SLにウルトラプライムを付けた。電子技術があまり使われていないシンプルで信頼できるキャメラだよ。土砂降りの雨の中の戦闘シーンがあったんだ。戦車が何台も走る壮大なパノラマでね。12日間かかった。キャメラがよく濡れたよ、内側も外側も。でもそんな湿気の中でもちゃんと機能してくれた。
ミラ・ソルヴィノ演じるケイトの目を美しい青にしたかったので、ロサンゼルスに特別なコンタクトレンズを注文した。そのレンズの到着が遅れたので、ロシア製のレンズで撮影を始めたんだけど色が不自然に見えるんだ。注文したレンズが届いたら取り替えたんだけど、かなり違うのでポストプロダクションで前に撮ったシーンを修正する必要があるだろうね」 |