|
 女優のエマニュエル・ベアールとダニス・タノヴィッチ監督。 PHOTO:COPYRIGHT DEJAN VEKIC |
『ノー・マンズ・ランド』(No Man’s Land、2001年)でオスカーの最優秀外国映画賞、2001カンヌ映画祭の最優秀脚本賞、フランスのセザール賞ほか、世界的な賞を獲得したボスニア人監督ダニス・タノヴィッチが、小説『ヘヴン』を映画化した。この作品はクシシュトフ・ピェシェヴィチとクシシュトフ・キェシロフスキが書いた3部作の1つで、子供のころの家族の劇的な状況がトラウマになっている3人姉妹の過酷な人生の物語である。マリー・ジラン、カリン・ヴィアール、エマニュエル・ベアールらの豪華キャストが名を連ねる。
撮影監督はあらかじめ決まっていたようなものだった。タノヴィッチはプロデューサーのセドミル・コラルに重要なことを頼んだ。「『ミッション・クレオパトラ』(Asterix
et Obelix: Mission Cleopatre、2002年、アラン・シャバ監督)を撮影した人を見つけてほしい。撮影技術が気に入っているフランス映画はあの映画だけなんだ」。『ミッション・クレオパトラ』の撮影監督はローラン・ダイヤンで、コラルはイタリアのサンダンス映画祭でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を獲得したラデュ・ミエレアニュ監督の『Train
de vie』(1998年)で、彼と一緒に仕事をしたことがあった。
「ダニスは私が『ミッション・クレオパトラ』で何かを一途にやり遂げたと感じたんだ」とダイヤンは言う。「彼としては『美しき運命の傷痕』を推理劇とコマーシャルの中間のようなルックにしたいと考えていた。私が脚本に口を出さず、俳優と絡まないという条件でね。『ノー・マンズ・ランド』ではチーフキャメラマンのウォルター・ヴァン・デン・エンデと何とかうまくやり遂げたけれど、『美しき運命の傷痕』では自由にやる余裕がまったくなくて、特別な撮影技術を使う余地は皆無だった。でもだからと言って、冒険ができないということではなかったんだ」
|
 ローラン・ダイヤン撮影監督とダニス・タノヴィッチ監督。 PHOTO:COPYRIGHT DEJAN VEKIC |
予算的な理由から、デジタルのキャリブレーションキットが撮影開始の1週間前まで届かなかったが、ダイヤンはあわてなかった。『Man to Man』(2005年、レジス・ヴァルニエ監督)でテスト済みだったので、夜間の屋内外の撮影にコダック VISION2 Expression 500T 5229を選んだ。「5229はとても感じがよくて、ソフトさが魅力だ」。コダック VISION 250D 5246が昼間の屋内外、そしてフラッシュバックに使われた。「このフィルムの光沢をうまく使って、あまりにも平凡だったり古典的すぎたりするルックに陥るのを避けた。輪郭を普通より少しくっきりしたルックにさせることもあったが、それはポジが出来上がったときに暗い映像にも光沢が残るようにするためだった。私はそれがとても気に入っている」
「ダニスは結果についてまったく心配せずに現場で目的を達成するためのアレンジが出来るし、斬新な撮影スタイルを勧めるんだ。この映画でとくに美しいショットとして、マリー・ジランと若い女優がたそがれどきに窓の前で向かい合うシーンがあるんだが、そのシーンで彼の仕事の仕方がよくわかる。長くて込み入った感情的なシーンだから、女優たちにとっては一か八かだった。外から80WのHMIで絞り2で照らしたんだ。最後の最後に、女優2人が不意に抱き合うような場合にぼやけたシルエットができないように、反射板としてポリスチレンとネオンを足した。ダニスが気づいて『何も見えないこともプロダクションデザインとルックの一部だね』と言った。彼は自分自身の仕事のスタイルを順応させてやりやすい雰囲気をつくる方法を知っている。そして女優たちを指導するのと同じやり方で、よく私のことも照明という観点で指導してくれた。一般的に正しいものがすべてに正しいとは限らないという状況をつくってね。3週間後には互いにとてもよく理解し合っていたから、話をする必要もほとんどなくなっていた。すごい技術と才能だよ」
キェシロフスキ(『トリコロール 青の愛/白の愛/赤の愛』)に敬意を表した『美しき運命の傷痕』のトリコロールは「ライティングよりもセットと美術に負うところが大きい」とダイヤンは言う。「マリー・ジランはたいていグリーン、カリン・ヴィアールはブルー、そしてエマニュエル・ベアールが赤い服を着ている。でも、私もすかさず美しい灰青色の冬の天候を活かしたよ。ダニスも私もともに『美しき運命の傷痕』の中に何かを見つけ、美しいルックと美しい演出の間に位置する映画をつくることができた。幸運なことだったよ。何しろ彼と仕事をするときは期待に添わなくちゃならないからね」 |